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和光中Day by Day

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卒業式がありました(保護者代表の言葉)。

卒業式がありました。

3年間の歩みと成長を確かめ合う

充実した卒業式となりました。

式の中でお話いただいた「3年生保護者代表の言葉」を紹介させてください。

謝辞

卒業生のみなさん、本日はご卒業、本当におめでとうございます。

今日は、保護者代表としての挨拶というお仕事を頂くことができましたので、お世話になった先生方やご来賓の方々に対する感謝の気持ちを込めながら、卒業生のみなさんにお祝いの言葉を述べさせていただきます。

私が親として和光中学校と関わる中で感じたことでお話しすると、和光での学びの中には三つのキーワードがあったように思います。

一つ目は「共に考える」です。

和光では、先にルールや結論があって、そこに皆が合わせていくというのではなく、人は一人ひとり違うことを皆で確認したうえで、どうしていこうかと考えてきたと思います。

勝つことが目的ではなく、入ってきた一年生が楽しみ、つながるためのオリテ運動会は、運動の好き嫌いや体力に関係なく、どんな人でも楽しめるように、頑張って作り上げてきたのだと思います。もちろん、話し合えばいつも分かり合えるとは限りませんし、話し合っても分かり合えなかったという人もいるかもしれません。ですが、大切なことは、分かり合えたかどうかではなく、その過程です。みんなの主義主張に耳を傾け、話し合った時間を共有したことにこそ価値があったのです。それを保障してくれたのは、まさに和光の風土でした。ぜひ、これからの人生の中で、どんな場面においても、人と真剣に向き合い、共に考えることをやめないでください。

二つ目は、「目の前のルールから逃げない」です。

和光で学んできた皆さんにとっては、自分たちでルール作りをすることが空気のように身近かもしれませんが、自分がルール作りに直接かかわって作り上げることのできる場所は、実は世の中にそれほど多くはありません。

これから、外の学校に進む人は四月から、和光高校に進む人も三年後か、進路によってはあと数年後には、誰かが決めたルールやきまりに従わなければならない場所に身を置き、その中で納得のいかない状況に直面することになると思います。

そんな時にこそ、和光中学校で過ごした三年間のことを思い出してください。

例えば、館山遠泳合宿は、人間の思いや目標などお構いなしの大自然というルールの中での取り組みです。

とくに、二年生の時の館山では、天候に大きく左右され、一体どうなるのだろうかと先が見えずに不安になったことでしょう。そんな中でも、和光の先生たちは、お天気とにらめっこしながら、行くべきか、戻るべきかの情報を必死に集め、考え、館山に関わる全ての大人たちが究極の選択を迫られる中で、大自然のルールに従うという決断をしました。

一方で生徒は、三年生の館山の後夜祭で、男女が分かれて参加するというこれまでのルールを見直そうと何度も話し合い、ルール作りの難しさと、決めたことに対しては守る責任がついて回るという厳しさを体験しましたね。

私たち親は、みなさんが和光中学に入学した時、先生から「和光のルールは、最も立場の弱い人に合わせて皆で作り上げる」と教えられました。もしも、和光以外の場所に存在するルールに対して、意味が分からないと思ったり、違和感を覚えるとしたら、それは和光のルール作りとは違う理屈で作られたものだからなのでしょう。

人の思い通りにならない大自然というルールに翻弄され、また、自らルールを作り、守る苦労を経験した皆さんは、目の前に立ちはだかったルールから逃げないで、そのルールがつくられた理由や存在する意味を考え、その場に居合わせてしまった自分がどのように行動するべきなのか、真剣に向き合って欲しいと思います。和光で育ったあなたたちなら、それができる筈です。

その時には、二年生の秋田学習旅行で出会ったとうさん、かあさん達が、まったく思い通りにならない自然に知恵と経験で向き合って生活を営んでいる賢くも忍耐強い姿の記憶もきっと役に立つ筈です。

三つ目は「自らの輝きを信じる」です。

一年生の和光祭での演劇を経て、先日行われた卒業公演では、スポットライトを浴びるキャストだけが物語を作り上げるのではなく、準備に汗を流し、当日も暗がりの中で仕事をこなしたスタッフがいるからこそ舞台が成り立つことを学びました。衣装や小道具、大道具がキャストを引き立て、音響や照明の息がぴったり合った仕事が、舞台をよりリアルなものに仕上げていくという演出をたくさん見せてもらいました。演劇祭であなたはどんな役割を選択したのでしょう。どの役割であっても、劇を成功させるという責任は同じです。目立つことはなくても、一人ひとりの一肌脱いだ行動が、舞台を本当に輝かせていましたが、皆さんは、その輝きを自分自身が生み出したのだときちんと認めることができましたか?

誰も見ていない、気付いてくれない場面であったとしても皆のために一肌脱ぐことは、劇に限らず、オリテ運動会や館山、三役や執行委員選挙、日常のクラスの話し合いの中に何回もあったことでしょう。それをほかの誰でもない、自分自身の「私の輝き」として認めてあげてください。

長くなりましたが、しめくくりです。和光という学校は、自分のことを他人に決められてしまうことがなく、自分が決めたことを実行できる優しい場所であると同時に、誰も指図はしてくれませんし、誰かが代わりにやってくれることもない厳しい場所だと言えます。もちろん、仲間とお互いに助け合ったり、先生が支えてくれたりはしますが、自分自身の選択とその行動の結果に対する責任はすべて自分で引き受けなければいけません。「共に考えて、ルールと向き合い、自分自身を信じる」という、この和光での学びこそが、社会での大きな力となります。

人が互いに支え合って生きることと、人が自立できていないことは意味が違います。和光の親は、我が子に本当の意味での生きる力を身につけて欲しいと心から願っています。孤独を恐れることなく、自分自身にかけがえのない価値があると信じていれば、人は一人でも立派に生きていけるはずです。一人で生きられる人たちが互いに支え合うからこそ自治がなりたち、自由が保障されるのです。これは、身体的な条件だけを捉えていっている訳ではなく、心のありようの問題なのです。一人ではいられないから一緒にいるのではなく、一人でも大丈夫だけれども、より良い生き方のために、より高みを目指すために一緒にいようと言える人であって欲しいと思います。そして、そうした仲間が周囲にいる場所でこれからも生きていって欲しいと思います。

さあ、卒業の時です。義務教育は終わりました。和光を卒業する時が来たと自分で決めた人も、まだ和光で学ぶべきことがあると判断した人も、中学校という場所からは巣立つ時が来ました。卒業とは終わりではなく、単なる節目です。ぜひ、和光で培った自分の力と出会いに自信をもって、羽ばたいてください。最後になりましたが、今日、ここに卒業を迎えることができた子どもたちにとって、かけがえのない時間であったこの三年間を懸命に支えてくださり、保護者からどんどん大きくなってはなれていく成長期の子どもたちの、嬉しくも寂しい時間を、保護者も含めて温かく見守り続けてくださった先生方に心からお礼を申し上げるとともに、これからも和光学園から子どもたちの成長を見守り続けていただきますことをお願いして、感謝の言葉とさせていただきます。

 

二〇一七年三月十四日

卒業生 保護者代表 

 

日時: 2017年3月15日 14:53

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